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サンティアゴ巡礼とは

中世・近世の巡礼

サンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼の記録は、951年のものが最古です。

Unesco Map

 サンティアゴ巡礼路 (出展:http://whc.unesco.org/en/list)

 

ヤコブの遺骸の発見当初はガリシア地方に限定されていたサンティアゴ巡礼は次第にピレネー以北に拡大され11世紀にはヨーロッパ中から多くの巡礼者が集まり、最盛期の12世紀には年間50万人を数えました。
こうした巡礼の広がりは、中世ヨーロッパの盛んだった聖遺物崇拝と当時のヨーロッパが封建社会で政治・経済が確立されてきたこと及び修道会の繁栄によるところが大きいと言えます。

 

 

 

Pergrino 3

  中世の巡礼者像

 

また、巡礼は当時イベリア半島を支配していたイスラム教国へのレコンキスタとも
連動しました。
ヤコブはレオン王国などキリスト教国の守護聖人と見なされ、「Santiago matamoros」(ムーア人殺しのヤコブ)と呼ばれるようになりました。
キリスト教国の兵士は戦場で「サンティアゴ!」と叫びながら突撃したとの事です。
キリスト教国の諸王は巡礼路の整備や巡礼者の保護に努めました。

巡礼は、スペインとスペイン外のヨーロッパの文化をつなぐことにもなりました。
巡礼者の中には建築家もおり、彼らはヤコブに捧げるために、巡礼路に沿った都市に
ロマネスク建築による多くの教会や修道院を建てました。

中世後期にはレコンキスタの完了や百年戦争、三十年戦争による戦乱、教会の分裂
などがあり巡礼者数は伸び悩やみ、 不法行為の人々に強制的に巡礼をさせる事や
代参巡礼なども行われていました。



現在の巡礼

 宗教改革前の16世紀にはプロテスタント諸国が偶像崇拝を禁止したことや、カトリック内部でも聖ヤコブの
 様な諸聖人崇拝からマリア崇拝に移行したこともあり、サンティアゴ巡礼は大きく減少することになりました。
 また、この時期にイギリス海軍の侵攻を恐れたサンティアゴ教会がヤコブの遺骸を隠匿しましたが、隠匿場所
 を失念した事もあり沈静化傾向が継続する結果となりました。
 その後、行方不明となっていたヤコブの遺骸は1879年に発掘調査で発見されましたが、スペインの内乱等
 もありサンティアゴ巡礼が本格的に復活したのは1980年台にフランコ体制が崩壊した以降になりました。

 現在、サンティアゴ・デ・コンポステーラを目指す巡礼者は毎年20数万人に上り、ガリシア州政府は観光の
 目玉として巡礼路をアピールしています。 
 巡礼者の多くは徒歩で、自転車を使う人や少数ながら中世のように馬やロバを使う人もいます。
 信仰のためだけでなく、観光やスポーツ、単なる目標達成のために歩く人もいます。また車や鉄道、バスで移動
 することも出来ますが巡礼路は線路や国道に沿っていない道も多くあります。

Concha

  巡礼者のホタテ貝

 巡礼者は巡礼者の身分証明となるクレデンシャル(巡礼手帳)を持つ必要が
 あります。アルベルゲ等の宿泊施設に泊まると、巡礼手帳(有料)に公式の
 スタンプ(無料)が押され、集めたスタンプが巡礼の証明となります。
 巡礼手帳は宿泊施設や観光案内所、教区教会で入手でき、3ユーロ程度です。
 (日本では日本カミーノ・デ・サンティアゴ友の会が発行しています。)
 なお、巡礼手帳を持っていれば各地の博物館やサンティアゴ・デ・コンポス
 テーラからの帰りの飛行機及び鉄道料金が割引となります。

 ホタテ貝は中世から巡礼のシンボルとなっていますので、巡礼者は巡礼の証
 としてホタテ貝をぶら下げて歩いています。 また、水筒代わりのひょうたん
 を持つ方もいます。

Mohon

   巡礼路の標識

 

巡礼路にはホタテ貝のマークのある標識が立っています。
巡礼路や州毎に標識がやや異なっていたり、巡礼路添いの民家などに思い思い
の手作りの標識が飾られてるのを見るのも巡礼中の楽しみです。

巡礼者はさまざまな道をたどりますが人気があるのは「フランス人の道」です。
出発地としては、フランス側のサン・ジャン・ピエ・ド・ポーとスペイン側の
ロンセスバージェスを選ぶ人が多いです。
伝統的なフランスの町(ル・ピュイ、アルル、トゥールなど)から出発する人や、
さらに遠くからフランス内の道を目指す人、中世にならって自分の玄関から出発
する人もいます。
ピレネー山脈からすべて歩くと780~900kmの距離で、1日平均20~25km歩く
と1か月以上かかります。

 

Albergue

     アルベルゲ(巡礼宿)の内部


スペインと南フランスには、巡礼者に一夜の宿を与える
宿泊施設(アルベルゲ:albergueまたはレフーヒオ:
refugio) が点在し、クレデンシャル(巡礼手帳)を持つ
人は誰でも泊めてくれます。
アルベルゲには公営と私営の施設があります。公営のもの
は教会や各地の村等が経営しており5~10ユーロの安価に
泊まる事が出来ます。 これらの施設は原則として通常は1泊
に限られます。
私営のアルベルゲは公営よりも宿泊費がやや高くなっていま
すが、特色ある施設となっている楽しもあります。
各アルベルゲにはオスピタレロと呼ばれる世話人がいて巡礼
者のさまざまな問題や疑問に答えてくれるでしょう。



サンティアゴ・デ・コンポステーラに到着すると、「コンポスーラ」と呼ばれる巡礼証明書(無料)が貰えます。
この巡礼証明書がもらえる条件は、徒歩100km以上、自転車で200km以上です。
中世のカトリック教会では「コンポステーラ」は贖宥状の一種でありました。

Botafumeiro

   ボタフメイロ (Botafumeiro)



大聖堂では毎日正午に巡礼者のためのミサが開かれ、巡礼者の
祖国と出発地が唱えられます。
聖ヤコブの祝日である7月25日やカトリックの祝日などには
ボタフメイロ(El Botafumeiro)を見ることが出来るでしょう。